「んんっ……。」
気がついたら、俺はソファーで寝ていた。
もしかしたら、さっきの手紙は夢かもしれない、と思ったが、右手にその手紙が握られていたのを確認し、改めて吉野がいなくなってしまったことを実感した。
不幸か幸いか、泣き続けたせいでようやく頭が冷静さを取り戻した。
考えてみれば、吉野は何かあるなら態度に出やすいタイプだ。
俺は落ち着いて、頭の中でここ数週間を振り返ってみた。
今月は、出だしはいつものようなデッド入稿のペースだった。
いつものように吉野を叱咤激励したが、キツい言い方はしてなかったと思う。
…そういえば、吉野が少しだけ変な態度をとっていたときがあった…。
*************
俺は忙しくなる前に、決まって吉野を抱く。
入稿前は俺も吉野も一秒も時間を割いていられないし、何より吉野は体力を極限まで削って作品を描きあげるため、俺と抱き合っていたら体力がなくなってしまうので、俺は忙しくなる前に散々吉野を啼かせ、抱き続ける。
今月も、いつものように、入稿で忙しくなる前、俺が吉野の家へ行き、吉野を抱いた。
ベッドで、吉野はぐったりしていたので、吉野の体を俺が清めていたところ、いきなり吉野はぱっちりと目を見開いたのだ。
「吉野…起きたのか。珍しいな、お前がこのタイミングで目が覚めるなんてな。」
「あ、あぁ…うん。なんか、今日はもっとトリと話していたいな…って思ったから、かな。」
恥ずかしがりながらも、俺との時間を大事にしてくれる吉野が可愛くて仕方がなかった。
そんなヒトトキも幸せで、俺は自然と顔が綻んだ。
「あまり煽るな…。さすがにもう1回シたらお前、明日起きられなくなるぞ。」
「…お願いだからそれはヤメテクダサイ。そして俺は煽ってなんかいない…!!」
話しながらも黙々と吉野の体を拭き、終わったら俺はシャワーの準備をしようと立ち上がった。
すると吉野が俺の腕を掴んできた。
「あっ……ご、ごめん。…そ、その…もう少しだけ俺と話さない??」
「…しょうがないな、まったく…。」
珍しく吉野が甘えてきたので、俺はそれを受け止めることにした。
「その…トリはさ、俺と老後長屋で住むじゃん。その頃に何かしたいこととかないの??」
「そうだな……俺はお前が傍にいてくれれば問題ない。」
本当のことを伝えただけだが、吉野は耳まで真っ赤になった。
「そ、そうかよ…//何か…盆栽とか、さ、やってみたいことないのかよ…。」
「盆栽って…お前結構おじさん臭いことを想像するな。」
「う、うるさいなぁ…。」
「そうだな…。強いて言うなら…写真を勉強してみたいかな。」
「写真??」
「あぁ。お前との一瞬一瞬を忘れたくないから、写真を上手く取れるようになれば、その一瞬を少しでも上手く残せるかな…とな。歳をとったら記憶が短期スパンしか保てなくなるだろう??」
そう言うと、吉野は少し考える態度をとり、「そうだ!!」と叫んで裸のまま、寝室を出て行った。
何をしようとしているのか…と考えていたら、吉野はカメラを手に戻ってきた。
「とりあえずは練習ってことで、トリ、俺との写真撮ろう!!」
「お前はすぐ行動に移すよな……。」
「いいだろー??どんなポーズでとる??」
「お前裸のまま写るのか。」
「え…っ//う、うん。と、トリもそうしてほしいな…//」
吉野がいきなり大胆な発言をしてきたので、少し驚いたが、言いだしたら止まらないことも知っていたので、俺は羽織っていたシャツを脱ぎ捨てた。
「脱ぐのは上半身だけでいいか。」
「お、おう!!」
そうして、俺と吉野で何枚か写真を撮った。
「うん、良く撮れてる撮れてる。」
「記念すべき第一回だな。」
「うん。ありがと、トリ。」
「どういたしまして。」
少し間があいて、吉野はすっと俺の方をしっかり見据えて、こう言ったのだ。
「トリ。」
「ん??」
「…大好きだよ、芳雪。」
「どうしたんだ、急に。」
「ううん。た、たまに言いたくなるんだよ!!…お休みっ!!」
「…俺も大好きだよ、千秋。お休み。」
*************
考えてみたら、吉野があんなことを言ってくるのは珍しい。
何かあったのではないかと考えるべきだった。
あの時の俺は、吉野から久しぶりに「好きだ」と伝えられて、舞い上がってしまっていたから、そこまで考えが至らなかったのだ。
そうすると、あの時点で何かあったということになり、吉野は半月ほどそれについて一人で悩んでいたことになる。
…こんなに近くにいたのに、何も気づけなかった自分に嫌気がさした。
[6回]
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