「吉野!!吉野、どこにいる??!!」
ガタガタと音を立てながら奥へと進むと、ぼーっとペンを持ち、漫画を描いている吉野がいた。
「吉野、おい吉野、俺だ。」
吉野は俺の言葉に全く反応を見せない。やはり催眠術にかかっているらしかった。
ひたすらペンだけを動かし、漫画を機械の如く描いている。
俺は吉野からペンを取り、俺の方へ顔を向けさせた。
最後に会ったときより、いささかやつれた感じの吉野。
「吉野。…いや、千秋。一緒に帰ろう。」
互いに顔を突き合わせているのに、吉野からは何も反応がない。
流石にこの状況は今の俺には酷だった。
ただでさえ吉野の変化に気づけなかった、自分が許せなかったうえに、その自分に罰を課しているかの如く、吉野から全く返事をもらえない。
でも
それでも
俺はこいつが好きで
吉野千秋しか隣にいて欲しくなくて
気が付いたら、俺は吉野を強く抱きしめていた。
「…千秋、お前の本当の心でよく聞いてくれ。
俺は、お前がこんな状況になることに悩んでいたにもかかわらず、それに気付いてやれなかった。…恋人として失格だと思う。だけどな、千秋。お前は高屋敷の件のとき、俺との関係を守ろうと、俺のところへ来てくれたように、俺も、お前を救えるような、お前を好きだと誰にでも言えるような、強い男になりたいと思ったんだ。
だから千秋、お願いだ。俺から離れないで。ずっと隣にいてくれ。そのためなら何だってする。この命尽きるまで、お前が傍にいてくれるのなら、俺は他に何もいらない。
……羽鳥芳雪の全ては、吉野千秋のものだから。」
この言葉で、本当の千秋は目覚めてくれるのだろうか。
これでも目覚めることがなかったら……俺は……。
そう思ったとき、吉野の目から涙が一筋流れ落ちた。
「馬鹿…トリ……なん、で、来たんだ、よ………!!」
吉野は俺を、受け止めてくれた。
「お前のネームが酷過ぎるから、会議しに来たんだよ、吉野。」
********
吉野が強く俺にしがみついてきたので、泣き止むまで待ってやった。
落ち着いた頃には、吉野はいつものたれ目な顔に戻っていた。
「ここに来たってことは、加藤のこと……。」
「あぁ、だいたいのここまでの流れはわかっている。今、下で木佐が加藤と話して時間を作ってくれているんだ。」
「その木佐さんとやらは、この人のこと…かな??」
「「!!!!!」」
「わりぃトリ、しくじった……。」
加藤の声で振り返ったら、木佐が突き飛ばされてきた。
「木佐!!怪我はないか??」
「うん、大丈夫。あぁ、吉野さん、お久しぶりです。」
「えぇっと…エメ編の木佐さん……すいません…ご迷惑を…」
「いいんですよ。気にしないで。それよりこの状況をどうするかだ……。」
相手はマジシャン。
何を仕掛けてくるかわからない。
「千秋、いいのか。お前が戻ったら、吉川大先生は、担当を口説いていかがわしい関係となっているってバラしても。」
なんだって。
吉野に好意を伝えたのは俺が先なのに。
なぜ嘘をついてまで、吉野、お前は……。
「あの時は、とにかく俺とトリの関係を公表されるのを何とかしないと…って思って、お前の要求に応じた。…だけどな!!さっきトリは、言ったんだ。誰にでも関係が言えるような強い男になりたいって。俺もそうなりたい。俺は、自分の作家の命をかけてでも、トリと一緒にいたいから。だからもうお前の脅しなんか聞かないぞ!!!!」
吉野がそう叫んで、加藤は力が抜けたようにそこでへたりと座り込んでしまった。
「羽鳥。もしかしてお前から千秋に告ったのか。」
「あぁ、そうだ。」
「そうか……くそ……千秋の心をコントロールしなくても傍にいてくれるようにするまであともう少しだったのにな。」
「こ、怖いこというなよ、加藤……。」
「行けよ、千秋。…俺の負けだ。警察に突き出してもいいぞ。」
「…それはしない。…残念ながら、こちらも違法に近いことを何個かやっているからな。千秋を返してもらえれば、特におとがめはしない。…ただ、二度と千秋に近づくな。」
俺はそれだけ言い放ち、木佐を立たせ、吉野を肩に担いで、その場を後にした。
木佐には御礼を言い、途中で別れて、俺と吉野は二人で吉野の家へと向かった。
[6回]
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