宮城の研究室に、数週間、研修として女の助教授が来ることになったらしい。
ただでさえ、あの上條とかいう不安要素がいるのに…と思ったけど、宮城の仕事に口を出すわけにもいかないから、「ふぅん。」とだけ返しといた。
これから大変な事件が発生するとも俺は知らずに…。
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「桂木陽子です。お会い出来て光栄ですわ、宮城教授。」
この気の強そうな女性は、俺のひとつ年下のR大助教授。来年度からは俺と同じ教授になるらしい。
毎年うちのM大は、情報交換も兼ねて他大学の教授の研修受け入れをしており、その制度で桂木助教授が来た、というわけだ。
「こちらこそ、お会いできて嬉しいですよ。私と同じ研究室の上條助教授は、今講義中なので、後で改めて紹介させていただきます。」
「はい。お気遣い有難うございます。…それで早速申し訳ないのですが、ここには宮城教授のマニアックな古書が揃っているとか。是非拝見させていただきたいと思ってきたんですよ。」
どうやら書物の好みは似ているようで、ほっとした。
全く接点がないと、この種の人間は苦手だから、どう数週間乗り切ろうか苦痛で仕方がなかったからな。
「では上條が戻るまでお暇だと思いますので、今ご案内いたします。」
そんなわけで、俺は古書が大量に保管されている、保管庫へと彼女を連れて行くことになった。
「流石宮城教授…。素晴らしい書庫の本の種類ですわ…。興味深いものばかり…。」
「そうですか。研修中は、いくらでも借りていただいて結構ですよ。」
なんとか書庫の本も気に入ってくれたみたいだ。
少しして、本の背表紙をひとつひとつ眺めていた桂木さんが、俺の方を振り返った。
そしてとんでもない台詞を言ってきた。
「ここにある本も素敵ですけど…私は宮城教授が一番素敵だと思いますよ。」
一瞬、何を言われたのかわからなかった。
でも、ゆっくり言われたことを繰り返して、ようやく理解した。
……俺、告られたのか。
これは適当に流すに限る。
「ハハハ…この歳になってそんなことを言われるとは思いもしませんでしたよ…。お褒めの言葉、有難うございます。」
「いえ、私は宮城教授が好きなんです。」
今度は直球かましてきたぞ、この女助教授…。
きっぱり断ろうか…そう意気込んだ瞬間。
「んんっ……!!!!」
なんとも肉食系なその女は、俺にキスをしてきたのだった。
突き飛ばそうと思えばすぐに出来たのだが、相手は女性だし、研修で来ている立派なお客様的な存在。
やんわりと離すことしか出来なかった。
良いタイミングでチャイムも鳴った。
「あ、あぁ、上條が戻ってくると思いますから、とりあえず研究室へ戻りましょうか…。」
いい年したおっさんが動揺するなんて…我ながら情けないと思いながら、桂木助教授を連れて、書庫を後にした。
[4回]
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