「大佐ー、これ終わったら久々に飲みに行きません??俺今日ちょー頑張ったからご褒美に何か奢ってくださいよ~。」
私に容赦なくべたべたくっついてきた駄犬…否、部下は、ジャン・ハボック少尉だ。
東部の田舎出身で、金髪・蒼眼・長身・猫背。
部下からは、その性格からか、とても懐かれていた。…逆に、上司からはあまり好かれない性格らしかった。
「ご褒美は彼女からもらったらどうだ。」
「そんなぁ……てか、彼女とはこの間別れたんすよ!!傷をえぐらないでくださいよ…。」
「そ、そうだったのか、すまない。わかったわかった。飲みに連れてってやるから。」
本当は知っていた。ハボックが彼女と別れたこと。
私が部下の情報を逃すわけがない。
仕方がないので、駄犬を黙らせるためにも、私は飲み屋街へと足を運ぶことにした。
このあと、大変な事件がおこることも知らずに------------。
ハボックはかなり酒の強いやつで、いつも私とハボックを含めた部下たちで飲みに行っても、酔った雰囲気を出したことは一度もなかった。…むしろ酔ったやつの良き介抱役にいつも徹していてくれるのだ。
そんなハボックが、今私と2人きりで飲んでいる。
たまにはそんな厄介な役に徹することもなく、のんびり気の向くままに飲ませてやりたいと思っていた私は、少し高い酒を頼んだ。
酒が程良い具合に入った頃、ハボックがゆっくりと尋ねてきた。
「大佐ぁ~。大佐は好きな人とかいないんすかぁ~。」
普段は酒に関してはザルのハボックなのだが、珍しく酔っているようだった。
ならば…と私は普段は言わない本音を少し言ってみることにした。
「…好きな人はいたよ。」
「マジっすか!!てか過去形…??」
「その人は死んでしまったから…。」
「あっ…すんません…。…でも良いなぁ…大佐に想ってもらえるその人は。」
カランと氷を回しながら、ハボックは先程の酔っている雰囲気を微塵も醸し出さずにキリッとした目で私を真っ直ぐ見つめてきた。
驚いた私は、ハボックの瞳に吸い込まれるように見つめ返していた。
この少しの沈黙の見つめ合いを破ったのは、ハボックだった。
「だって、こんなに俺達を大事にしてくれる大佐の優しさを、一人で受けられるんでしょ。俺、女だったらイチコロっすよ~。」
このときにはもう口調はいつもの調子だし、垂れ目に戻っていた。
さっき目線はたまたまで、酔っ払いがたまに見せる据わった目を勘違いしただけか…と感じた私は、少し飲み過ぎたかと思った。
明日も互いに仕事があるので、そろそろお開きにすべきか…と思い、私は飲み屋の会計をするため立ち上がった。
「えぇ~大佐ぁ~もうお開きっすか??」
ハボックはまだ飲み足りないのか私の腕を掴んで座らせた。
「明日も仕事があるだろう、ハボック。また連れていってやるから。」
「そんじゃあ条件があるであります、大佐殿っ。」
ハボックはそう言って、いつもの猫背を正し、敬礼をしてきた。
「…なんだね、少尉。」
どうせ酔っ払いの戯言だろう、と思いつつ、ハボックのノリに私は合わせることにした。
しかし、ハボックがまさか酔っている振りをしていることを、このときの私は予測できなかったのだ。
「…キスしよ。」
一瞬ハボックが何を言ったのかわからず、頭がフリーズした。
仕方がないので、もう一度聞き返そうとしたときには既に遅かった。
「沈黙は肯定…っすね。」
そう言ってハボックは、私の腕を掴み、しっかりとした足取りでレストルームの陰っているところまで私を連れていき、着いた途端に私を抱き寄せ、啄むようにキスをしてきた。
「おい、ハ、ハボック…っ!!」
抵抗の態度をとっても、主導権はハボックに取られたままなので、上手くハボックを退かすことも出来ない。
…発火布はポケットの中にあったので、それで対抗しようと思えば出来たが、この時の私は何故か、ハボックのキスに夢中になってしまっていた。
啄むキスも段々と深くなり、話し掛けた瞬間を狙われ咥内に舌が侵入し、流石の私も立っているのがキツくなってきた。
それを察知したハボックは、頭と腰を掴んで私を上手く支え、どんどん奥まで舌を入れていった。
キスで思考が上手く働かなくなりながらも、このキスは誰かと似ているな…と妙に冷静に記憶を辿った。
そしてひとつの記憶にぶち当たった。
(ヒューズと似ている…)
長いハボックからのキスから解放されたあと、このまま最後までされるのか…とぼぅっとしながら考えたが、ハボックはそれ以上は何もしてこなかった。
「ご馳走様です、大佐。」
律儀に御礼も言ってきたし、きっちり割り勘をしてきた。
キスで力が入らず足が覚束ない私を心配して、私の自宅まで送ってくれもした。
本当に、キスのあとのハボックはいつも…いや、それ以上に優しいハボックだった。
しかし、その後、ハボックはそのような素振りは1度も見せてこなかったのだった。
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